今月のpeople
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耳の痛いことを言うし、アカンことはアカンと言う。
5丁目をガラパゴ商店街と名づけ、アナログでいいじゃないか!と言い放ち、巷では頑固オヤジとしてつとに知られる。ヨット愛もさることながら、元町商店街を思う気持ちは人一倍。
母方の実家の姫路で過ごした以外は、ずっと元町暮らしです。御影高校から同志社大学へ進み、元町から京都に通っていました。大学でヨット部に入ったのは堀江謙一さんに憧れてですが、子供のころ中突堤で釣りをしながら、目の前に広がる海を見て、ずっと進んでいけばアメリカに行けるんやなぁ〜ヨットがあれば、風に押されて世界中に行けるんやなぁと、少年の頃から海とヨットには特別な思いを持っていました。
就職も好きなヨットに関われるように、ヤマハ発動機に入ったのですが、どうも自分はサラリーマンには向いていないなと感じて・・・もともとこの場所で父親が店をやっていて、お小遣いかせぎによく手伝いました。2階が洋服店、1階はうどん屋でした。実は就職したころから、その店をどうするのか5年以内に考えて欲しいと父親に言われていたこともあり、じゃあ店をやろう!と3年で脱サラしました。
世の中の店がセルフサービスになっていくなか、フルサービスが自慢の喫茶店を続けています。定休日を水曜から日曜日に変えてから、次の年の休日の予定がほとんど埋まるほど、全日本、世界選手権とヨットの競技大会に力を注いできましたが、競技レースは十分やりきったと思えるので、これからは長崎の五島列島へクルーズするのが夢です。
ヨットの話しをするのも楽しいですが、元町商店街のことをもっと知りたいという方もぜひおいでください。昭和から商店街の移り変わりを見てきたので、おもしろいエピソードもたくさんあるんですよ。